思考停止を喚起するフレーズ

2011年も残すところ僅かだが、思いついたテーマに沿って、いくつかまとめてみたい。今回は「思考停止を喚起する決まり文句」だ。

「格言」であれ「ことわざ」であれ、とても良いこと・大事なことを表現しているのだが、あちこりで多用されたり何度も繰り返し使われるとかえって耳障りになることがある。「耳にタコができる」も何度も聞けば「耳がタコになる」ということだ。

例を挙げると、中学時代の教頭先生はひとつおぼえが如く「鉄は熱いうちに打て」の話を持ち出していた。当時、その通りだし異論もなかったがだんだんと食傷気味になったのを覚えている(でも私がいまも覚えているのだから教頭先生の作戦勝ちかもしれない)。こうした陳腐化や劣化現象も含めて、「思考停止文句」を勘案してみたい。

思考停止文句はことわざや格言ほどではないが、社会通念上ありがちな局面で、その打開や解決の後押しフレーズとして登場するが、少々ベタな上、こいつ「自分の脳ミソを使っていないなあ」というニュアンスがにじみ出てくるものだ。演習過多で実戦経験少な目の頭でっかちなエリート・インテリ層(演習を実践と履き違えている)とか、半可通が好んで使う傾向がある。さて見ていこう。

「何もないよりまし」「何もしないよりまし」(英語でBetter Than Nothing)

これは「脳ミソの不使用感」が実によく出ている。"Nothing"をベンチマークにするのは如何なものか。モノゴトには「リスク(不確実性)」やら「機会コスト(得べかりし利益)」とかいろいろ勘案するべきものがあるはず。でもそういうものに対する一切の思考を停止させるフレーズだ。

「人間、ひとりではなにもできない」

一見すると「和」とか「絆」を想起させる良い言葉のよう。が、しかし、どうだろう。「自らを弁(わきま)えている」ようで、どこか「依頼心が透けてみえる」フレーズに感じる。表層的に殊勝な発言ほど見え透いた本心が隠れていることが多い。


他にもありそうなのだが、思いついたらアップする。