加点主義の来た道、減点主義の行く末

採点とか考課の問題で加点主義とか減点主義といった語がしばしば登場する。明確で強固なイデオロギーや主義というよりも、恐らく各種評価や採点の現場において「どちらかと言えば加点志向」といったような風合い感レベルでの話だろう。

念のための確認だが、加点主義とは「各自持ち点がゼロの状態で、点数を加点していく感じの採点方法」であり、減点主義は「各自持ち点が満点(例えば100点)の状態から、点数を減点していく感じの採点方法」を指す。前者は「良いプラスの要素」を積極的に評価する雰囲気があるのに対して後者では「悪いマイナスの要素」を積極的にカウントする雰囲気がある。そこには、なんとなく「うまく出来たことを褒める」加点主義と「出来なかったことをなじる」減点主義といった対比感も横たわっている。これは両者の採点評価の非対称性が原因だ。

さて、筆者は日本に限らず世の中全般に減点主義への志向を強めているなあという感想を持っている。例えば、様々な現場での厳罰化・厳格化だ。これらは悪いことではないし、悪いこととしたら強く取り締まるこということで綱紀粛正に貢献するだろう。ただ、厳罰化や厳格化の思想はそもそも減点主義だ。悪いマイナスの要素を今より積極的にカウントするということなので。

逆に、うまく出来たことを褒め、良いプラスの要素や結果を褒める加点主義は、外資系金融機関の「インセンティブ・ボーナス」での問題で露呈したように、潜在的にアップサイド側を評価する仕組みなので(その上、しくじってもダウンサイドは限定的なので好都合)、大きなアップサイドリターン(ボーナス)を得るために「過大な賭けを張る誘引」になってしまった。その結果として、金融市場でのポジションなどが大きく膨らみ続け、それらが「ブラック・スワン」と言われるのテール・リスクが育つ糠(ぬか)床と化した。

会計制度でも、リスク資産査定の厳格化の場合、ダウンサイド・リスクばかりを強調する。これは、減点主義志向と言えよう。金融加点主義に懲りて、一転して今度はリスクに対して減点主義を志向している感がある。「リスクはリターンの源泉」だったのが「リスクは減点の対象」となったのだ。

一般論として、マイナス面とかダウンサイド面といったネガティブな側面ばかりを取り上げられると人間誰しも「やらないほうがよい」ということになる。減点主義である以上、何もしない方が持ち点100を減らさないで済むからだ。その上、一旦減点されると挽回することも困難だ。その結果、「ノープレイ・ノーエラー(no play, no error)」主義が蔓延することになる。

「リスクはリターンの源泉」から「リスクは減点対象」へのパラダイムシフトと、それに伴う「ノープレイ・ノーエラー(no play, no error)主義」の台頭が、現在の閉塞感の根底にあるような気がしてならない。

金融市場でも参加者全員が「ノーポジション・ノーロス(no position, no loss)」という形態に向かっている感がある。不景気なときにリスク量全般を減らす、例えばレバレッジ率を下げるとか保有するリスク資産のウエイトを落とすなどの「リスク・オフ行動」は不景気に拍車を掛ける恐れがある(これをプロ・シクリカルという)。減点主義の行く末には明るい感じがしない。