インパクトの格差

「世田谷生まれのグルコサミン」かと思ったら、ラジウムだった。どうやら原発由来ではない放射性物質が世田谷区から数多く散見されている。専門家によればラドン温泉とかラジウム温泉花崗岩を使った施設(国会議事堂)でも放射線ホットスポットはあるみたいだ。あと蛍光塗料とかも放射線を出すらしい。つまり、ホットスポットは普通に自然に存在しているようなのだ。そして、それを我々は単に「認識していなかった」だけなのだ。哲学ではないが「モノゴトの存在・不存在」とか「成立・不成立」などは決して普遍的客観的なものではなく、ヒトの主観的認識を伴ってはじめて成立する「意識・無意識」の問題だ。そのニュアンスの延長線上には「脳と知覚機能」の話がある。

未知なる世界といった「未体験ゾーン」を知覚すると、プレッシャーやストレスのせいで脳の中で直感を司る部位が活動しやすくなる。それらはロジック的アプローチが苦手な反面、判断は早い。

放射線スポットも、単にそれらを普段気にしていなかっただけで「ホットスポットそのもの」は常にそこに存在はしていた。で、たまたま福島原発の件で異常に過敏になってしまって、あちこちで線量を測ったら偶然見つかった。世田谷もそんな運びだ。

でも、でも(世田谷のホットスポットを含め)そうしたホットスポット近辺で急性放射線障害で亡くなった方がいらっしゃるといったことは未だに聞かない(福島原発では3名の尊い人命が失われました。もしかしたらその御三方こそ放射線障害による犠牲者かもしれません。)よほど、この前の台風15号の水害で奈良県和歌山県三重県で亡くなった方の数の方が多い。実際、台風で100人以上亡くなったことへの感度の低さには、ちょっと怖いものを感じる。


未体験モノに触れると、こうした様々なベースレート(基礎基準率)とか可能性などは無視される。例えば、飛行機事故死者数と交通事故死者数もそうだ。

例えば「飛行機事故死者1名は交通事故死者3名に相当するインパクトがある」のような感じだろう。これを「一票の格差」になぞらえて「インパクトの格差」と呼ぶことにしよう、するとさっきの例で交通事故VS飛行機で比べると死者の0.33倍のインパクトしかないということになる。

インパクトの格差の上位にいる問題は明らかに人の脳内では直感部位とリンクしている。また、放射線問題は「インパクトの格差」の最上位に位置しているようだ。


また具体的な母数といった根拠は不明だが「なんとなく体にいい健康食品」(世田谷生まれのグルコサミン)とリスクや危険性を熱っぽく報道する「たぶん体に悪い放射線」」(世田谷のホットスポット)の問題は、「直感脳による判断」のがどんなものかを理解する良い例だと思う。