利他的行動と脳

日経新聞日曜版に「ナゾかがく」というコーナーがある。2011年8月7日(日)の「ナゾかがく」では“利他的行動、何が動機?”というタイトルで「脳の機能と構造」とりわけ「報酬系」と呼ばれる部位について詳しい記事が載っていた。

著作権の問題にも引っかかりそうなのだが、飽くまで紹介ということでその一部を敢えて転載させて頂くと、


東日本大震災後、ボランティアや寄付行為が盛んだ。(中略)自分にとって利益がないと思える行為をとるのはなぜか。
 こうした利他行動は脳科学や心理学から見ると必ずしも“無償の行為”とは言えない。人間の行動を決めるのは“報酬”だ。(中略)米カルフォルニア工科大の出馬研究員は「他人の褒め言葉でも脳の中では報酬になる」と指摘する。(中略)人が褒められたときの脳の活動を機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で調べた。食べ物や性的刺激、金銭といった報酬を得たときに活発に働く「線条体」と呼ぶ部位の血流が活性化した。他人の評価は金銭的な報酬と同じと脳はとらえているわけだ。「利己的遺伝子」の研究で知られるリチャード・ドーキンス博士の主張によると「利他的」と見える行動も実際は「利己的」なものだという。
 この基準に従えば、褒め言葉や他人の評価という「自分の利益」を得る為に、人間は利他行為をするという解釈になる。(中略)
 では匿名の寄付行為はどうなのか?(中略)出馬氏は「自己満足でも、金銭的報酬と同じ効果があるのではないか」と話す。
カギを握るのが脳内物質のドーパミンだ。分泌すると快楽神経系にスイッチが入り、人は心地よさや快感を感じる。利他行為をすると脳の中の「報酬系」と呼ぶ神経回路が働き、ドーパミンが分泌される。(中略)。義務感からボランティアや寄付をする人がいる。京都大学の村井教授は「このときも脳内で報酬系が働いているかは大きなテーマだ」と話す。(以下略)』


この記事について個人ブログで紹介なさっている方もいらっしゃるようです。

「mursakisikibuの日記」より
http://d.hatena.ne.jp/mursakisikibu/20110808/1312770865

「吉田浩章の司法書士日誌」より
http://office-yoshida.way-nifty.com/top/2011/08/post-65ca.html

など他にもあるようですが。

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ここで登場する「利他」の対義語は「自利」(じり)。二つ併せて「自利利他」という言葉がありますね。元は仏語(フランス語ではない!)のようですね。

ヤフー辞書によれば
「自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと。この二つを共に完全に行うことを大乗の理想とする。自益益他。自行化他。」

その意味が転じて、今風に言えば「Win-Winの関係」のような意味で使われているようですね。

ちなみに、「自利利他」の反対語は「我利我利」(がりがり)で、これは「自分の利益や欲望だけを追うさま」を表すそうです。例えば「我利我利亡者」のように使われます。夏なのでつい「ガリガリ君」を連想してしまいますが。

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脳科学的にみて「利他行為」がなぜ不思議がられるのか?ということなんですが、脳の構造と機能からみて不自然だからです。脳内には「報酬系」と呼ばれる「我欲を満たすことで興奮する部位」というのがあり動機も左右したりします。そして「利他」は「我欲」とは正反対の挙動。したがって、「我欲」とは正反対の「利他」によって報酬系部位が躍動する、つまり動機が沸くはずがない、という具合になります。

しかしながら記事によれば、「利他」を通じて「他人からの賞賛」を獲得して「名誉欲」という我欲を満たす、と解釈すれば説明が付く上、実際に脳内を磁気共鳴装置で調べたら「他者の評価」でも報酬系部位の反応が見られたとのこと。

つまり、我々の「善行」は、感謝といった「見返り」を求めて実行される部分があるということになります。実際、満員電車で他人に席を譲って、その人からひとことのお礼もなければ、つい「イラッと」します。そのことからも分かるように、一見すると無償の行為にみえても、その背景には無意識のうちに見返りを求めている可能性があるということです。

「他人からの感謝・賞賛」も金銭や物と同じく脳内で「報酬」として扱われますが、他に何があるか?例えば、復讐とか他人の失敗なんかでも報酬を感じるそうです。まさに「ザマミロ」とは脳的には立派な報酬であり、まさに“密の味”なんです。自分にとって嫌悪を感じる存在が消えることで、嫌悪からそのまま報酬へと転じるのは、嫌悪を感じる「嫌悪系」の部位と「報酬系」の部位が殆ど同じであることに起因すると考えられています。

更に興味深いのは「金銭の獲得」が常に報酬になるのか?と言うと、脳的にはそうでもないらしい。実際、何かを達成したついでに「お金」が手に入ると脳内で報酬系部位が活発化するが、「お金そのものが目的化」すると報酬系部位は以外にも不活性になるそうです。すなわち「金銭目当て」ってヤツはビミョーで、強い動機の継続に繋がり難いらしい(無論、個人差はあるでしょうが)。やはり、何らかの充実感、達成感、はたまた自己満足とか「他の報酬」とのセットでないとダメなようです。事実、「お金目当て」って露骨でえげつない感じですし、そういう「金銭の奴隷となっている自分」に嫌悪感を抱くのかもしれませんね。

また「金銭(モノ)」による動機付け効果は男女差もあるらしい。結論を言うと、男性に「良く効き」、女性には「それほどでもない」とのこと。これは既に4歳〜5歳の幼少期から明確に男女差が出るそうです。「課題の達成意欲を高めるために、報酬を用意したらどうか?」という実験で、金銭的報酬の有無が、男児ではパフォーマンスに大きく影響したが、女児ではそうでもなかったという報告もあります。確かに、「なでしこジャパン」が金目当てとはとうてい思えませんね。

更に、「お金を手にしたときの脳の報酬系部位と、麻薬に反応する脳の部位とは同じ」という事実があります。ですから、報酬系部位は麻薬に反応する部位と同じと言う意味で依存症の温床部位なんですね。
そして、「他人からの感謝・賞賛」も「お金」と同じく脳の報酬系部位で扱われますから、脳内では「お金」も「麻薬」も「他人からの感謝・賞賛」も同類項ってことになります。
しばしば、買い物依存症というのがありますが、「買い物そのものが快楽」という部分もあるでしょうが、例えば、デパートなどで買い物をすると丁重にお礼を言われて、ありがとうございましたとの謝辞を得られます。この「丁重な感謝」が先程の「他人からの賞賛」として脳が感じとってしまって、買い物依存症に至らしめるとの説もあります。

よく子供を叱るより褒めろと言いますが、幼少の頃から褒められ過ぎて依存症になってしまうのもリスクです。

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最後になりますが、記事でもあるように「匿名での善行為」はナゾが多いようです。匿名ですから個人を特定して褒めてもらえないので、抱くとしたら飽くまで自己満足です。それでも報酬を感じるのか、非常に興味があります