脳と意思決定(4)

(3)からの続き、

■4■脳は状況によって判断がブレる(フレーミング
フレーミング効果」として名高い内容ですが、実際、脳はかなり容易に「錯覚」させられしまいます。フレーミングも脳を錯覚させる方法のひとつですが、「判断の枠組み」とか「前後の文脈」といったシチュエーションをコントロールすることで脳が行う意思決定や判断を誘導させることができそうなんですね。

例えば、手術の際、「確率95%で成功する」と説明された場合と、「5%の失敗する確率がある」と説明された場合では、受け取る側からすれば印象がかなり異なると思います。被験者を集めた実験によれば、前者のようにポジティブな文脈で説明されると8割くらいの人が「この手術を受ける」という意思表示をしました。逆に、後者のようにネガティブな文脈で説明されると「この手術を受ける」という意思表示をした人は2割くらいとなったそうです(つまり、8割はNOと応えた)。

このことから分かるのは、人間は、状況や文脈に依存する「主観的な確率」というものに従って、意思決定しているということです。

ですから、さきほどの手術の例で言えば、手術をさせたくないように誘導したいのであれば、ネガティブな文脈で説明すれば良いということになります。

■5■脳は「ある種の数字」の扱いが苦手
例えば、次のような問題があったとします。

(問題1)
「12キロの道のりを行きは毎時4キロ、帰りは毎時6キロで歩いたとします。往復での平均速度は毎時何キロですか?」

よくある引っ掛け問題なんですが、正解を披露する前に、「すごく正解っぽいが正解ではない解答1」を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・
(解答1)

行き毎時4キロ
帰り毎時6キロ
であるから

それらの平均は
(4+6)÷2=10÷2=5
となる。

よって、(答)毎時5キロ
・・・・・・・・・・・・・・・・

どうですか、ものすごーく正解っぽいんですが、実は不正解。

このことをよくよく分かって頂くため、次のような問題を考えてみてください。

(問題2)
「塩分濃度が4%の食塩水と濃度が6%の食塩水とを混ぜたら濃度は何%になるか」

お分かりの通り、この場合
(4+6)÷2=10÷2=5%
などと計算してもそもそも意味がないですよね。
例えば、濃度4%の食塩水100リットルに対して濃度6%の食塩水を「1滴」加えただけだとしたら、混ぜた後も「ほとんど4%のまま」でしょう。

まして、「加えた」からといって
4+6=10%
なんてことはありえない。

なぜ、単純に足したりしてはいけないのか?
それは「%表示」、つまり比率とか割合を表す数字だからです。

一般論として、こうした「比率とか割合」といった「何かを何かで割って換算された数量」を内包量といいます。そして内包量は○○度(速度、密度)とか○○率(利率、変化率)といった名称がしばしばつきます。

ここで大事なのは、内包量は

「そのまま足してはダメ」

な性質を持つ数量なのです。あるいは

「そのまま足しても意味がない数字」

というべきかもしれません。


また、距離とか重さ、時間とか面積、人数や個数などを外延量といいます。外延量は

「そのまま足してもよい」

数量です。あるいは

「そのまま足しても意味が成立する」

とも言えます(加法性が成り立つといいます)。


さて問題1に戻りましょう

(問題1)
「12キロの道のりを行きは毎時4キロ、帰りは毎時6キロで歩いたとします。往復での平均速度は毎時何キロですか?」

速度は内包量ですから、そのまま足しても意味がありません。正しくは次の解答2になります。

・・・・・・・・・・・・・・・
(解答2)

行きの所要時間:毎時4キロだから12÷4=3時間
帰りの所要時間:毎時6キロだから12÷6=2時間
往復の所要時間:3時間+2時間=5時間
※「時間」は外延量なので足すことができる!

往復の道のりは:12キロ+12キロ=24キロ
※「距離・道のり」は外延量なので足すことができる!

24キロの道のりを5時間かけて歩いた場合の平均速度は、
24キロ÷5時間=4.8キロ
となる。

よって、(答)毎時4.8キロ
・・・・・・・・・・・・・・・・

解答1の「5キロ」よりもちょっと小さくなるんです。

ここで申し上げたいことは、表題に“脳は「ある種の数字」の扱いが苦手”と書きましたが、実は「ある種の数字」とは内包量のことだったんです。比率とか割合に換算された数字の扱いが苦手なんですね。ですから、しばしば「パラドックス」(一見すると正しそうだが、実は間違い)が生じる。

気をつけないと脳は数字に欺かれてしまうんです。

http://d.hatena.ne.jp/sasukekumakichi/20110621/1308635423

などもパラドックスの例です。


■6■脳は追い詰められるとボロを出す(「本音」を探る際の信頼度)
先ほど(ドーパミン)のところ「不安や恐怖を掌る」主要部位と言われる扁桃体の話をしましたが、扁桃体の機能が低下したり逆に暴走したりすると様々な精神疾患を発症することが知られています。これは、冒頭に述べたXシステム(情緒や直感といった本能的・生理的欲求をカバーする)領域に存在するのですが、「本能的・生理的」であるがゆえにそこ(扁桃体)が下手に刺激されると思わず本音がボロッと出てしまいやすいのです。

そうした本音は

顔の表情とか目の瞳孔、心拍数、そして声色

といった場所に出やすいのです。逆に、表情や声色を見れば「Xシステム」の心理状態(喜怒哀楽)が分かるかもしれないし。

「Cシステム」は“大人的・理性的”なのでポーカーフェイスを気取るかもしれないが、「Xシステム」は“子供的で素直(バカ正直)”ですから「本音」を探る際の信頼度が高い可能性があります。ここが発想の重要着眼点です!

実際「本音」に対するの信頼度として注目されているのが、

「Voice Stress Analysis」

と呼ばれている分野です。これは刺激(質問など)を受けた際に、とっさに応答したボイスを解析して、感情レベルや認知レベルなどを層化分析して発言内容の「ウソ・ホント」を解析するという、目下のところ「エマージング」な分野です。

つまり、質問を受けて回答した声色から「Xシステム(特に扁桃体)」の刺激度を感情並び認知レベルから勘案し、発言内容の信頼度を推定しようという「本音へのアプローチ手段」の開発をやっているんです。

小職のブログでも以前紹介したことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/sasukekumakichi/20110617/1308306766
「ウソ発見器投資戦略」

これらの投資研究はちょうど尾についたばかりですが「解析用の音声データベース」や「解析ソフトそのものの進歩」などに伴って急速に進んでいる分野です。

これについてはちょくちょくアップデートしたいと思います。