脳と意志決定(3)

脳のストラクチャー(構造)とファンクション(機能)に関する研究が盛んに行われています。巷で「神経○○学」とか「ニューロ(Neuro)××」との件名を見かけたら「脳の生理学的観点から○○や××を系統的に調べた学問」の類でしょう。

特に
1.意思決定(リスクとリターンをどこでどう評価するかの仕組み)
とか
2.報酬系(「ごほうび」を感じ、それにありつこうとする仕組み)
に注目が集まっています。

それ以外でも「脳」に由来するとおぼしき事象がいろいろと発見されています。

そこで、思いつくままにサマリーとしてまとめてみました。


■1■ディシジョン・メイキング(判断・意思決定)
「脳構造からみた意思決定モデル」
Xシステム(決断は早いが、そそっかしい)
Cシステム(ロジカルだが、動作が遅い)
による2院制。

通常時では両者ともに意思決定に関与するが、緊急時にはXシステムだけで法案が通過(事実上ノーチェック)する。逆にCシステムだけで法案は通過しない(Xシステムが絡む)。意思決定のクセとして、Xシステムは「直感や本能」に基づいている反面、Cシステムは「理屈や学習」に基づいている。Xシステムの長所は「早い」こと、短所は「そそっかしい」「飽きっぽい」など。Cシステムの長所は「論理的」「目先に惑わされにくい」、短所は「考えすぎ(過学習)」「妄想壁がある」など。

「わかっちゃいるけどやめられない」とはCシステムではダメと理解しているがXシステムが欲している状態のこと。人間しばしば生理的な欲求に基づくXによって優勢支配される。

リスクやリターンなどを勘案するフレーム(枠組み)も、
Xシステム:短期思考でせっかち、朝三暮四の傾向、種モミまで勢いで食べてしまう恐れアリ
Cシステム:長期思考でゆったり、目先を我慢してでも未来に賭ける、種モミは「種」としてきちんと認識し残せる

■2■報酬系ドーパミンなど)
「喜怒哀楽の中央銀行」とも呼ぶべき器官がXシステム内にあります、その名も扁桃体(へんとうたい)。扁桃体は、生理的に好き嫌いを判断する中枢でもあります、また出会ったものが自分に有利か不利かそれを直感的に判断する機能も持っています。

なお、この扁桃体という中央銀行は「ドーパミン」という「脳内通貨」の量を増減させることで感情をコントロールします。

ちなみに、ドーパミンという脳内通貨は
A.「黒質緻密部(こくしつちみつぶ)」という部位にあるドーパミンニューロンと、
B.「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」にあるドーパミンニューロンで作られる。これらは、いわば「財務省造幣局」に相当します。

さて・・、

扁桃体が不安や恐怖、快感や喜びを感じると、ドーパミンを流通量を変化させます。ちょうど中央銀行がマネタリーベースを調節するのに似ています。そして、理解を助けとなるために敢えて簡潔にざっくり説明すると、

扁桃体が快感や喜びを感じる→ドーパミン流通量が増える→動機が増す。やる気が出る(意欲増進)

扁桃体が不安や不快感を感じる→ドーパミン流通量が減る→集中力や注意力の喪失。無力感、無気力(意欲減退)

という関係があります。ですから、「扁桃体の活動」や「ドーパミンの量」は動機付けと関連しており、学習の強化因子として働いているんです(これを強化学習と呼ぶ)。すなわち、人間は「扁桃体が快感や喜びを感じ、ドーパミンが増えるような行動」に対して積極的に取り組む反面、そうでないと「なかなかやる気がわかない」というわけです。

ですから、人材育成面でしばしば言われる「ほめると伸びる」というのは、ほめられると扁桃体が快感や喜びを感じ、ドーパミンが増えるという脳内活動とリンクしているからなんですね。要するに、ドーパミンが会社全体で増えるように仕向ければ、社内全体の活性化に繋がるというわけです。逆に、会社全体でのドーパミンの量が「ゼロ・サム」的(誰かが喜びを感じた反面、誰かが不快になった)だと、社内全体の活性化に結びつかないということになります。

また、強化因子としてのドーパミンは依存症と強く結びついており、中央銀行である扁桃体ドーパミン流通量をどんどん増やす方向で緩和的行為を続けると依存症になるんですね。

経済でも適度なインフレが望ましい反面、過剰に金融緩和をするとハイパーインフレが起きたりと副作用が生じますが、脳内もそれに似ているんです。

■3■脳が自分につくウソ(認知的不協和)
脳はときに自分自身に対してウソをつきます。但しそれは無意識のうちになので「ウソをついている」との自覚は全く伴いません。最近良く登場する認知的不協和というもの、脳が無意識のうちに自分に付く「ウソ」の一種です。

こうした「自分につくウソの発見」は被験者を集めた心理実験で判明しました。

次にあげるのも有名な実験です。

まず、実験であるということを伏せて被験者を集め、被験者をA,B2つのグループに分けます。

そして、グループAにもグループBにも同じセミナーを受講してもらいます。そのセミナーこそ実はダミーであり「内容的に取るに足らない、くだらないセミナー」なのですが、グループAの人にはタダで、グループBの人からは3000円を徴収して受講させたました。

そしてセミナー後に「セミナーの内容は良かったか悪かったか」について問うたところ、グループAからは否定的な意見が多数を占めた一方、グループBからは肯定的な見解が過半数を占めた、という結果が得られたそうです。したがって、グループBには「いいひと」が偶然にもたくさん集まった・・・めでたし、めでたし、という結論ではありません。

グループBの人は受講料金を支払ったんですね。そのことが脳にウソをつかせた。つまり、「わざわざ有り金をつぎ込んでまで受講したセミナーが、取るに足らないくだらないモノだったとは思いたくない」という心理的防衛本能です。そしてこうした防衛本能が肯定的な見解に結びついたのでした。

例をもうひとつ。

周りから見て、どうみても「ダメ男」であるにも関わらず、縁が切れずずるずると関係を続けてしまう女性たちについて調査した結果、ある共通した興味深い共通点があったそうです。

それは、恋愛開始時点で
「自分からキックオフをした」
ということでした。つまり、自分からアクションを起こしたというわけです。ですから、「自分から選択した男性がハズレであるとは思いたくない」という不協和(過去において下した自らの意思決定が、間違いだったは決して思いたくないという葛藤)が無意識のうちに作用しているということでした。

(後半へ続く)