投資に関する専門書・教科書の難

あんまり面白い話題ではありませんが・・・

投資や運用の実務に係わってきた都合上、証券投資に関する教科書や専門書をしばしば拝見する機会があり、その中でどうしてもひっかかる部分(私からするとやや難点な気分がする)があります。

それは案外と本の最初の頃に登場する「語」なのですが、ずばり申し上げると「分散」という言葉に関してです。

証券投資関連書の類の中で「分散」という語は二種類の全く異質な概念を背負って登場します。ちょうどひとりの俳優が同じ劇やドラマで二つの役を演じるように、まさに「一語二役」なんです。

「分散」の第一の配役は、次のような文脈で登場します、
ポートフォリオの分散効果
・投資先の分散
・銘柄分散
分散投資

これらは英語の"diversification"とか"diversifying"の訳として「分散」という日本語が割り当てられているんですね。

でも元来、"diversification"は「多様性・多様化・多角化」といったニュアンスがあるんですが、「分散」という逐語訳が与えられてしまった。ここに不幸が始まります。

ちなみに、ここでの「分散」とは「投資する際には投資対象を集中させず、広く多様な銘柄に投資すること」を意味します。すなわち、「集中」に対議する含意での「分散」なんですね。要するに「投資先の銘柄数をなるべく増やそうよ」ということ。俗によく言われる「ひとつのカゴに全ての卵を入れるな!」との格言を小難しく表現した件(くだり)が「分散投資」です。基本的な意味としてはただそれだけです。

(教科書では分散効果を証明する数式が登場しますが)


続いて「分散」の第ニの役は「リスク」の文脈で登場します、とりわけ、
・平均、分散、標準偏差
の3兄弟セットで語られることが多い。

ここでの「分散」は純粋な数学用語であり、英語の“variance”の逐語訳です。これは数学の世界で通俗的・慣用的にそう翻訳されてしまって定着しており、証券投資関連書の側ではどうすることもできないのですが、そのせいで「分散」にもうひとつの役が必然的に与えられてしまったんですね。

数学用語としての「分散」のニュアンスですが、ずばり「想定の範囲」ということになるでしょう。英語で言えば“Range"です。例えば、気象情報での台風の予想進路では「点」ではなく「円」で示されることが多いですが、それは進路を予想する際に「唯一点」を示してもあまり意味がないからです(言ってしまえば「唯一点予想」なんぞ外れるのが宿命)。

不確実性が高く進路に「ぶれ」が生じるような台風情報では、
1.「予想のぶれ」をある程度事前に想定し、
2.想定した幅(範囲)を半径とした円で示す
方がより有益なのでしょう。

その際の「半径の大きさ」が数学的な「分散」の持つ意味です。すなわり、「分散」とは「予想のぶれ」の大きさであり、それが大きいほどリスクが高いと評します。

以上から、証券投資関連書での「分散」には、
1.多様化:「集中」に対議する意味での「分散」
2.リスク:「予想のぶれ」
という全然違う2つの概念が混在しているんですね。そして、そのために読み手に負担や混乱が生じる可能性があります。

「1の多様化」の意味での分散は大きくした方が「好ましかろう」という理解があります。他方、「2のリスク」の意味での分散は小さくする方が「望ましい」という前提です。

そこで
1.大きくすると好ましい分散:多様化
2.小さくすると好ましい分散:リスク
の二つが同時に登場とどうなるでしょう?

誇張するためやや極端に書きますが、
「分散を大きくすることで分散を小さくすることができる」
などという文脈が出来てしまうんです。

これでは、ちんぷんかんぷんですよね。でも、先ほどからご案内しているように、最初の「分散(=多様化)」と次の「分散(=リスク)」では厳密には意味が違う。そして、それが「分かっているヒト(センセイ)」ほどうっかり書いてしまう傾向があります。

(実際、ここまであからさまではないにせよ、これに近いような作文を読んだりしましたから)

これが冒頭で申し上げた、

「一語二役」の難点

なんです。

どうにかならないものななあ、と思います。