[なぜだまされる](1)涙声の「身内」 判断力奪う (読売新聞から)
「知っていたのに」「注意していたはずが」と言いながら、我々はだまされたり、うそを信じたりしてしまう。そこには人間の心理を巧みについた仕掛けがある。なぜだまされるのかを理解し、そのうえで被害防止策を練りたい。
振り込め詐欺 聞き分けられず
振り込め詐欺を判定するシステムを設けた電話機。「示談」「補償」「還付金」など、詐欺で多用されるキーワードを検出し、判定に役立てる(岡山市で) 「後で電話します」と友人にメールで連絡し、しばらくして、電話をかける。「もしもし、私だけど」――。でも実際に電話したのは別人だ。
立正大教授の西田公昭さん(社会心理学)が大学生を使って行った実験だ。振り込め詐欺の一種、オレオレ詐欺の手口をまねて、だまされるかどうかを調べた。その結果、「電話を受けた人の約6割が、友人本人がかけてきたものと疑わなかった」と西田さん。
今なお全国で年6000件以上発生する振り込め詐欺。その多くが、手口を知っていたのにだまされている。
「身内の声を聞き間違えるはずがない」と思いがちだ。だが西田さんによると、人間の耳は、音声だけでは誰の声か正確に判別できない。実際は、声や話し方の特徴を手がかりに、当てはまりそうな人を脳内で探していくという。この特性は、高齢者だけでなく若者にもある。
だます側はわざと涙声などで話すことが多く、より聞き分けにくくなる。「身内」を名乗られると、まずは本人と考え、少しでも本人らしい特徴を拾うと、そう思い込む。「一度思い込んだら、人はつじつまの合う話や都合のいい話ばかりを求め、おかしな点があっても無視してしまう」と西田さん。
こうした心理状態は、心理学で「確証バイアス」と呼ばれる。バイアスは先入観や偏りの意。先入観を訂正するのは難しいのだ。
さらに心理面のわながある。人が意思を決定する際には、「直感的な判断」と「熟慮の上での判断」という二つのメカニズムがある。普段はそれを適宜使い分けているが、身内が緊急事態だと聞かされると、判断までの時間が短い「直感」に傾く。冷静な判断能力を奪われてしまう。
西田さんは「単に『振り込め詐欺に注意を』と言うだけでは解決しない。災害に備える避難訓練のように、詐欺の手口と対処法を疑似体験できる訓練が必要だ」と話す。
訓練の試みも始まっている。埼玉県警浦和署は7〜8月、管内のさいたま市の高齢者を対象に、「振り込め詐欺防止検定」を実施した。
「電話番号が変わった」などと伝えてくる予兆の電話から、振り込みに至るまでを問題にし、その都度とるべき行動や間違った対応を選ぶ。被害例を実践的に学べるので、受講後に振り込め詐欺の電話を撃退した人もいるという。
先端技術での対処も進む。岡山県では8月から、電話相手が振り込め詐欺かどうかを判定するシステムの実証実験が行われている。
名古屋大学と富士通(東京)が共同開発したこのシステムは、電話相手の言葉から特有のキーワードを検出するとともに、電話を受けた側の声の高さや大きさから、相手を信じ込んだ心理状態になっていることを推定。受話器を置くと、音声で「振り込め詐欺の恐れがある」と注意喚起する。
大事なのは、「だまされる理由」があると知ることだ。根拠もなく「自分だけは大丈夫」と過信すれば、犯罪のプロの思うつぼとなる。
(2012年9月12日 読売新聞)