利益の中の「真水」の部分

元巨人軍の松井秀樹選手が現在所属するメジャーリーグのチームと言えばオークランド・アスレチックス(2011年6月27日現在)です。

そしてオークランド・アスレチックスと言えば「セイバーメトリックス(Sabermetrics)」を実践したことで有名です。セイバーメトリックスについては、こちら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%82%B9
に詳細があります。

マネーボール」という本にも紹介がありますが、アスレチックスのゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンはデータを駆使して有望選手を集め、弱小アスレチックスをプレーオフ進出の常連チームへと導いたのでした。

特筆すべき点は、彼が選手を選ぶために重視した「価値基準(着眼点)」は、伝統的価値観ではあまり重視されていなかったので、そのため選手の「価格(年俸)」に反映されていなかった。そのため、「価値に対して相対的に割安な価格」で選手を獲得して戦力を上げることができ、結果として投資効率の高い運用を達成したということです。

その方法論を至極単純に述べると、
野手(バッター)は、得点圏打率とか本塁打といった伝統的指標ではなく「出塁率(安打と四死球の合計を打席数で割ったもの)」に注目し、
投手では、勝利数とか防御率といった伝統的指標ではなく「与四球率」に注目するといったもの。これはデータを解析してみて判明したシグナル(要素)だったそうです。

なるほどと思うのは、「四球を“相手から多く獲得する”バッター」と「四球を“相手に与えない”投手」を組み合わせている点です。この2つを併せて「四球与奪レシオ」(奪四球÷与四球)なる指標を勘案するとしましょう。恐らく、当時のアスレチックスの四球与奪レシオは他の球団の平均よりも著しく高かったはず。そういう「選手ポートフォリオ」を作ったわけですね。それが功を奏したと同時に「価格(年俸)」に反映されていなかったので投資効率の高い運用を成しえた。ふむふむ。

一方、伝統的な価値要素と言えば、
野手だと「打率、本塁打」、
投手だと「勝利数、防御率
あたりでしょうか。その上でスカウトさん独自の「経験や勘」といった定性判断を加味して総合判断するというのが伝統的な方法論だと推察されます。

良く考えると「打率や本塁打」などは対戦する他球団投手のレベルに依存ような気がする一方、「奪四球」は本人の選球眼次第ですから環境依存度は低いような印象ですね。

同様に、「勝利数」なども自軍の打撃陣が充実していれば「相手より多く点を取ってくれる可能性」は高くなり自ずと勝ち星を重ねることができるわけです。ですから、勝利数は「自軍の打撃陣のレベル」に左右されやすいという点で環境依存度の高そうなシグナルに思えます。他方、「与四球」は本人の制球力がモノを言うシグナルですから、球団は変われどもその能力の連続性は保たれそうです。

従って、ビーン氏は「良し悪しや出来不出来が環境に依存しやすいダマシなシグナル」は排除し「外部環境に依存しにくい、本人由来のポテンシャルを示すシグナル」を採択したと見ることが出来ます。
そのように考えると単にデータから判明したという機械的な解析結果に対して、野球の現場の観点から見てもそれがメイクセンスであることがなんとくなく裏付けられ「理論の正当性」がより高いものになります。つまり、伝統的なやり方からすれば「机上の空論」っぽいセイバーメトリックスにも「一理アリ」という理解が高まることでしょう。

実は、投資の世界にも似たような発想があります。

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投資判断の世界でもシグナルを利用します。シグナルとは日本語で言えば「要素」とか「指標」ということになるのでしょうが、銘柄分析をする上での「着眼点」とか「切り口」といったもの全般を指すと思ってください。

企業分析などでは財務会計上のデータを使うことがあります。例えば、企業価値と株価の比較といったファンダメンタル分析では財務会計のうち「利益」(営業利益、経常利益、純利益など)や「配当」などが着眼点として使われます。

そして、配当利回り(配当÷株価)とか益利回り(1株利益÷株価、利益全額を配当に回したときの利回り)といった切り口で銘柄の「割高・割安」を判断したりするのです。これは、先ほどの「マネーボール」で言えば「伝統的価値観」の類になるでしょう。

でも、利益とか配当って経営者の裁量でどうにでもなる部分が案外多い。特に、配当なんて「経営者の配当政策次第」でコロコロ変わるので、外部環境依存ならぬ「経営者による政策・裁量(手心)依存」が高い。

利益なんかも「発生主義会計」が主流の現在では、現金収支がスカスカなのに利益は確保なんて事態は容易に考えられます。それが悪質で意図的で作為的かどうかの判断は後で行うこととして、「売上高の増加のほとんどが"売掛金の増加ばかり”で達成されている」とか、「過剰生産によって1個当たり製造原価を希釈して”(一株当り利益ならぬ)一個当り原価の希釈化に因って利益捻出”」といったことが背景に会った場合、ひとまずどう考えるべきなんでしょう?なんかうさんくさい気がしますよね。
伝統的価値観も、こうしたマニピュレーション(操作)っぽい利益に基づく様子では、その立場を危うくなるというもの。

そうすると、「マネーボール」で登場した「四球与奪レシオ」のように環境や裁量に依存しない(しにくい)、その企業の潜在的能力を示す独自指標が不可欠になります。

そうした観点から勘案された投資シグナルに「クオリティ(利益の質)」というのがあります。
先ほどの、利益を例にすれば、現金収支を伴わない販売実績に基づけば基づくほど「利益の中の“真水(リアル・マネー)”の部分」は小さくなります。
そこで、利益と“真水”のギャップみたいな部分に注目することで「リアルマネーの与奪の実態」が浮き彫りになり、同時にそれが案外価格に反映されていなかったりすれば投資機会となるわけです。アクルーアルズ(発生主義利益)指標と呼んだりします。

とりわけ直近の決算では、復興費用の捻出のため「減益決算」となるケースが相次ぎました。しかしながら、「リアル・マネー」(現金)は震災引当金としてちゃっかり企業内にプールしてあるんですね。そうした場合、対して市場は一時的に過剰反応をしてしまい、ミスプライスを犯す可能性があるんですね。「マネーボール」的視点はこのようなときに威力を発揮します。


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別の注目点では「利益と益金」の差というのもあります。会計上の利益と税法上の益金って微妙に異なるんです(益金不算入といいますが)。「妙なモノを利益に含める」と税務署から「ダメだよそんなモノを利益に含めてしまっては」ということで調整されるんです。そうした実態を把握することも「マネーボール」的視点として機能することがあります。

マネーボール的発想法」には奥が深いものがあります。